たくさん盛ればいいわけじゃない。
ある日、若いスタッフから「この小鉢、ちょっとさみしく見えませんか?」と聞かれました。
器の真ん中に、ほんの少しのお浸し。
たしかに、ぎっしり詰まっているわけでも、色とりどりなわけでもない。
でも私は、にっこり笑ってこう言いました。
「この“空いてるところ”がね、いいんだよ。」
和食に込められた“余白”の美しさ
和食では、ただ美味しいだけでなく「美しく盛る」ことも、とても大切にされています。
その中でも、日本ならではの感性として語られるのが、“余白美(よはくび)”です。
お料理をぎっしり敷き詰めるのではなく、器の中に余白を残す。
この“あえて空ける”という美学が、食材の存在を引き立て、食べる人の気持ちに余裕を生むのです。
たとえば、白いお皿の中央に一口サイズの季節の前菜がちょこんと盛られているだけで、
なんだか上品で、特別な感じがしませんか?
器は「額縁」、料理は「絵」
ある陶芸家の方が、こんなことをおっしゃっていました。
「器は、料理を引き立てる額縁のようなもの。余白は、絵の“余韻”なんです。」
まさにその通りで、和食器は料理をただ盛る道具ではなく、料理を引き立てる舞台なんですね。
金彩のない素朴な器、淡い色の小鉢、渋い色の角皿――
そこにふんわりと盛られた料理は、まるでひとつの作品のよう。
そして、器の端から端までびっしり詰めないことで、
見る人に“想像する余地”を残すのです。
暮らしにも「余白」が必要です
この“余白の美しさ”は、私たちの暮らしにもそのまま通じているように思います。
朝、テーブルに湯のみと味噌汁椀だけを並べて、ほっと一息つく。
引き出しに少しだけ空間を残す。
予定をぎっしり詰めずに、5分だけ「ぼーっとする時間」を作る。
そんな“余白”を意識するだけで、気持ちにゆとりが生まれ、心もすっきり整います。
「少ない」からこそ伝わることがある
SNSや広告では、「豪華」「ボリューム満点」といった言葉が目を引きます。
でも、和食の世界では「引き算の美学」が大切にされてきました。
・少しの量で、じっくり味わう
・一口サイズで、心を込める
・あえて空間を残すことで、美しさが際立つ
それは、 “足りない”のではなく、“ちょうどいい” という感覚。
たくさん詰め込むのではなく、必要なものだけを整えていく。
この考え方は、毎日の暮らしを丁寧に、豊かにしてくれます。
女将よりひとこと|器も、暮らしも、心のゆとりを
お店でお料理を盛りつけるとき、私はいつも「食べる方が、どんな気持ちで手に取るだろう」と想像します。
器の余白に、ちょっとした四季の葉や飾りを添えるのも、そんな想いから。
きっと日々の暮らしも同じ。
詰めすぎず、がんばりすぎず、ちょっと余裕を持たせるだけで、笑顔がふわっと戻ってくる気がします。
執筆:やまに女将/やさしく整える和のある暮らしより


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